2026年4月号 菫ほどな小さき人に
道路や田畑の隅で、たくましくも可憐に咲く菫(すみれ)。夏目漱石はそうした菫の姿に自身を重ねた句を残しています。釈尊降誕月にあたる今号では、その漱石の句と釈尊の誕生偈に共通する教えをとおして、私たちが誕生した意義と、草花のように自然体で生きるために大切なあり方をご指導いただきます。
Radio and PodcastLive Radio & PodcastsOpening Radio and Podcast...

Radio and PodcastLive Radio & PodcastsFetching podcast shows and categories...
Radio and PodcastLive Radio & PodcastsFetching podcast episodes...

宗教法人・立正佼成会の機関誌『佼成』(月刊)に掲載されている庭野日鑛会長の法話を毎月、お届けいたします。
道路や田畑の隅で、たくましくも可憐に咲く菫(すみれ)。夏目漱石はそうした菫の姿に自身を重ねた句を残しています。釈尊降誕月にあたる今号では、その漱石の句と釈尊の誕生偈に共通する教えをとおして、私たちが誕生した意義と、草花のように自然体で生きるために大切なあり方をご指導いただきます。
創立記念の月を迎える3月号では、本会が法華経を所依の経典としているゆえんにも通じる、法華経の人間観・世界観とは何かをお説きいただきます。そのうえで開祖さまがどのような願いと目的をもって本会を創立されたのかをかみしめて、私たちの精進と、いまなすべき菩薩としてのありようをご指導いただ...
法華経信者として知られる宮沢賢治の言葉に寄せて、前号ではものごとをとらえる広い視点と信仰姿勢をご指導いただきました。今号では有名な詩「雨ニモマケズ」をとおして、私たち一人ひとりが生活の場で、信仰者として日々どのような実践を心がければいいのかをご指導いただきます。
会長先生が皆さんにお伝えしたいと真に願われるものの見方や考え方に沿って頂戴するご法話ですが、本年次は私たちが菩薩として幼少年の育成や斉家を基本に、世界平和をめざしつつ、苦悩する人をどう思いやり、救いの手を差しのべればいいかを、著名人の箴言や開祖さまのお言葉などをとおしてご指導いた...
対立や分断ではなく調和をと願うとき、私たちに求められる自覚と一人ひとりの担うべき役割とは何か──。世界の人びとから愛される私たちとなって調和を築くための具体的な実践のありようを、そのために不可欠だと開祖さまが説かれる「愛国心」という言葉の信仰的意味あいとともにご指導をいただきます...
ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルのガザ地区攻撃、経済格差や思想による国内の分断……。人も国も、あらゆる形で対立や分断が目立つ昨今の社会情勢のなか、仏法を基に大調和の世界をめざす私たちに求められるものは何でしょうか。今月、生誕会を迎える開祖さまの願いとも重ね、ご指導をいただき...
スマホ依存などを要因として昨今、特に本を読まない人が増えています。しかし、読書にはさまざまな効能・効果があり、ことに本からの「学び」が心を養い育てることは、近年の研究や古今東西の偉人・賢人の言葉からも明らかです。本に親しみ学ぶ功徳を、会長先生のご体験を交え、いまあらためてご指導い...
「人生百年時代」といわれますが、その人生の「秋から冬の時期」と聞くと、一抹の寂しさも覚えます。しかし、この時期を人生の収穫期、実りのときととらえると生き方が変わります。人生の秋から冬を健康で楽しく、心豊かに送るためにできること、なすべきことを率直なご心境とともにご指導いただきます...
会長先生は本年次、未来を担う人を育て、人間形成をはかることの大事を示されました。では、「教え育てる」とは、信仰生活において具体的に何をどうすることなのでしょうか――夏休み時期にあたる今号では、「ほめる」という姿勢にある仏教的意味あいとともに、家庭や社会で「人を植える」あり方をご指...
300 万人超の尊い命が失われた大戦の終結から 80 年が経ち、当時を知る人が年々減少するなかで、悲惨な戦争の記憶が薄れつつあります。今号では、いま私たちが尊い命をいただき存在する意味をかみしめ、それゆえ何を思い、実践することが大切なのか、次代のために何ができるのかについて指導を...
前号で、親孝行とは親に贈り物をするとか旅行や食事に誘うといった直接的に感謝の気持ちを表わすことにとどまらないと教えていただきました。今号では、「孝行」の言葉の意味や仏さまの教えをとおして、両親が存命か否かに関わらず、しかも自らの精進にもつながる「親孝行」のあり方を具体的にご指導い...
この5 月に「母の日」、6 月には「父の日」を迎えますが、これらの制定にどのような願いがこめられているのかを手がかりに、私たち自身が父母として、大人としてどう生きることが大切かをご指導いただきます。さらに、その父母への恩とは何か、私たちの命はどこからきたのかについても教えていただ...
私たちは「時代の変化に伴い、信仰のあり方や布教の形態も新たなものへ」と、つい考えがちです。しかし、どのような目新しさも、小手先の手立てでは人の心を支える信仰生活──真実の生き方には至りません。釈尊降誕の月にちなみ、あらためて信仰とは何か、そして信仰生活の意義とは何かをご指導いただ...
地球温暖化の影響で、私たちの生活は危機的な状況へ進んでいるといわれますが、その原因のほとんどすべては人類にあるとされます。3月号では、気候変動の抑制にもかかわる仏教の智慧とともに、私たち人間が天地自然に対する「おかげさま」の心をとり戻すことの大切さとその功徳についてご指導をいただ...
令和7年次の「信行方針」で、会長先生は改めて次代を担う人の心や人格の形成にふれ、私たちの役割を示されました。そこで今号では、子や孫の世代の家庭、社会、国家、世界の安心や安全を考えるときに、いま私たちが親として、大人としてなすべきことや望ましい姿勢を生活のあり方とともにご指導いただ...
会長先生は令和 7 年次の「信行方針」において、とくに幼少年・青年への期待と人間形成の必要性を私たち自身の精進と重ねてお示しくださっています。本年次は、信仰者としての人づくりの大切さを底流に据えながらご指導いただき、今号では新年にあたり、私たち信仰者の役割と姿勢をご指導いただきま...
前号に引きつづき、「敬と恥」の大切さを「出会い」という観点でご指導いただきます。とくに今号では、その出会いをとおして私たちがどのような人間となり、私たちを核としていかなる地域・社会を築くことが求められているのかのご指導を頂戴し、一年の結び、そして新たな年を迎える心構えとさせていた...
本誌では今年、釈尊のお言葉を集めた「経集」の詩偈をとおして「心田を耕す」ことの意義と具体的な実践内容をご指導いただいてまいりました。そのしめくくりとして、本年次の信行方針に示された「敬う心を発達させ」、「恥を知る」ことの大切さとともに、そのありようについて2か月にわたりご指導いた...
前号では、「心田を耕す」にまつわる釈尊の詩偈全体の意味あいとともに、「心を耕すとは自らの仏性を掘り起こすこと」とご指導いただきました。今号では、そのご指導を踏まえ、仏性を掘り起すとは具体的にどのようなことを指し、それはいかなる実践によってなされるのかについてご指導いただきます。
本年 1 月号から『経集』に収められた「田を耕すバーラドバージャ」にまつわる詩偈を一句ずつとりあげ、心を耕す大切さを詳しくお示しいただいてまいりました。今号は詩偈全文を掲載し、全体をとおして伝えたかった釈尊の願いをかみしめつつ、心を耕すとは具体的に何をさすのかについてご指導いただ...
心を耕しつづけると「不死の実りをもたらす」と釈尊は説かれます。そのお言葉をとおして、私たちは「永遠のいのち」を生きる存在であると教えていただきますが、今号ではさらに、だれもが避け得ない死を「不死」と説く仏教的意味を、開祖さまご入寂時のお話と共に会長先生のご体験を交えてご指導いただ...
命ある私たちが、「死」を免れることはできません。しかし、釈尊は「心を耕すと『不死の実りをもたらす』」(経集)と述べられ、仏教では「永遠のいのち」が説かれます。不死や永遠のいのちが説かれる真意とは何か――。今号と次号の2回にわたり、生命あるものの死の受けとめ方についてご指導いただき...
釈尊は「精進は荷を運ぶ牛で、安穏の境地に運んでくれる」と説かれています。では、おだやかで、心やすらかな日々をもたらしてくれる精進とは、どのような実践であるといえるのでしょうか。詩人の谷川俊太郎氏が仏教の教えをもとに創作した詩とともに、精進の具体的な内容と功徳についてご指導いただき...
「柔和は牛の軛を離すこと」――釈尊は、牛の体から軛という装具を外し、自由にすることを「柔和」と表現されました。そこにこめられた釈尊の思いをとおして、私たち自身が心を柔らかくたもち、とらわれなど心を縛りつけるものから自由になるための心の姿勢と日ごろのあり方をご指導いただきます。
ご著書『心田を耕す』に、身心を乱し悩ませる煩悩を釈尊が雑草になぞらえて「真実を守ることは私の草刈りである」と説く一節があります。では、「真実」とは何で、それを「守る」とは何を実践することなのか。そして「草刈り」とは──。煩悩と向きあいながら、「心田を耕す」精進についてご指導いただ...
釈尊は、ご自身が心の田を耕すための実践として「身と言葉を慎む」ことを大切にしていると経集の詩偈にあります。「慎み」「慎む」というと一般的に控えめな印象ですが、仏教の視点でとらえると利他行にも通じる積極的な姿勢になることを、「慎み」の意味や私たちの心と行動のあり方とともにご指導いた...
本年次の信行方針のなかで、会長先生は私たちの進歩向上のために「敬う心」とともに、「恥じる心」の大切さをお説きくださいました。今号では「恥じること」についての仏教的意味あいを宗祖らの言葉を引きあいに出して示しつつ、「恥じること」「恥を知ること」の功徳と大切さをご指導いただきたいと思...
教団創立60周年の年に庭野日鑛会長は『心田を耕す』を上梓されました。本年のご法話では、そのご著書でご紹介くださった「田を耕すバーラドバージャ」と釈尊との会話にもとづく詩偈などをとおして、釈尊の教えが息づく生活と、日々の生活に根ざした私たち一人ひとりの信仰姿勢についてご指導をいただ...
本年は一年にわたり、健康とはどのような身心の状態をさし、日々を元気にすごすにはいかなる姿勢が大切かをテーマにご法話を頂戴してまいりました。掉尾となる今号は、たとえ病を患ったり災難にあったりしても、心穏やかで元気な日々を送るための心のあり方、辛苦の受けとめ方をご指導いただきます。
私たちは、自分がいやだと思った人やできごとに対する愚痴を、ついこぼしがちです。言ったところでどうしようもないと知りながら愚痴をこぼし、ストレスをためていきます。今号では、三毒の一つである「愚痴」を抑えて健康で元気な日々を送るための視点を、「愚痴」の文字の解説などをとおしてご指導い...
瞋恚――怒りや憎しみ、恨みの感情はだれにも湧いてきますが、それが高じると心だけでなく肉体にも悪影響を与えるといわれます。では、こうした感情が湧いたときにはどう対処すればいいのでしょうか。また、怒りや恨みを超えて心安らかにすごす智慧はあるのでしょうか。自己中心の怒りに支配されない、...
食欲、色欲、金銭欲……人にはみな「欲」があります。それは生きる力にもなるいっぽうで、必要以上に貪れば身心を損ないます。貪欲が身心に与える影響を釈尊のお言葉にさぐり、欲ばる気持ちを私たちはいかにコントロールしていけばいいのかを、そのために大切な心のありようとともにご指導いただきます...
多くの人が健康に留意しながら日々を送っています。しかし、自分が元気で、病気にならないことだけで健康な暮らしとはいえません。戦火のやまない世界各地の人びとに目を転じると、すべての人が安心して生きられ、真に健康な暮らしをと願うばかりです。そうしたなか、信仰をもつ私たちはいま何を心に据...
私たちは食事によって健康な体をつくっていますが、身心を健やかに保つのは口から摂取する飲食物だけではない、と仏教では説かれています。では、仏教で説く身心に効く「栄養」とは何か。何を摂り入れて私たちの身心はつくられているのか。身も心も元気であるための「食」についてご指導いただきます。
私たちの生活は、昔から自然の営みや季節の風物とともにあるといえますが、四季折々に味わう感動や喜び、大自然の美しさを感受する純粋な心は、若さや健康の維持と無関係ではなさそうです。そこで、季節の移ろいや大自然の美しさに心を寄せることの意義と、それが身心に与える影響についてご指導いただ...
人は、自己の尊厳に気づくことによって、他者もまた尊い存在であると気づきます。一方で、人に心を傷つけられて自己否定をするその反動で、他者をいたわれない人も多いようです。利他の行ないも、まず自分を愛することに始まるのでしょう。今月は、仏教の考えに由来するといわれる「自分を思いやる」と...
漢詩に「春眠暁を覚えず」とあるように、春の朝は心地よくて気も緩みがちです。その朝のすごし方は、身心の活力や健康にも影響を与えるといわれます。そこで、早起きや体操、そして神仏への合掌やご供養なども含めて、朝のひとときをどのような心と姿勢ですごすことが大切なのかをご指導いただきます。
身心一如で、心と体は密接につながっているといわれます。ただ、体は鍛えることができますが、心は鍛えられるのでしょうか。また「病は気から」といわれるように、心を健やかにたもって体の老化や衰えを防ぐには──菩薩の心にも通じる、健やかな心をつくるありようをご指導いただきます。
だれしも「健康で長生きしたい」と願います。その一方で、多くの人は病気や老いや死を、そのことに直面するまで「他人事」だと思っているふしがあります。そうした私たちが、ほんとうの意味で健康な日々をすごすには何が大切なのかを、原始仏典に伝わる釈尊の故事を手がかりにご指導いただきます。
終息の見えないコロナ禍や自然災害など、気がふさぐことの多い近年です。そのようななかで本年は、一年をとおして心と体の健康に着目し、六波羅蜜など仏教の教えと健康とのかかわり等々、身心の健康にまつわるご指導を頂戴します。今号は、健康や元気ということの仏教的な意味あいと、日常における私た...
六波羅蜜の各徳目を、私たちの生活態度や身近な実践に引きつけて一つ一つていねいにご指導いただいた本年の最後は、その総まとめとして、布施から智慧のすべてに共通する菩薩の心と使命とともに、多難な現代社会でいま求められる、仏さまの願いに沿った実践についてご指導いただきます。
「智慧」を体得するヒントとして、「自我に固執する見解をうち破って、世界を空なりと観ぜよ」という釈尊のお言葉を前号でご紹介いただきました。では、その「空」とは何か、「空」の教えをどう受けとめ、日常で実践すれば「智慧」をいただけるのかについてご指導を頂戴し、六波羅蜜の教えの結びに向か...
菩薩の「実践行」として、私たちの日常生活における実践徳目を示す六波羅蜜の最後に「智慧」がおかれ、その「智慧をいただくことが大切」といわれるのはなぜなのでしょうか。また、仏さまの「智慧」はどうすれば得られ、生活実践へとつながるのか──六波羅蜜の根幹の教え「智慧」についてご指導いただ...
菩薩の実践を説く六波羅蜜にあって、禅定は行動の指針というよりも心の状態を示すもので、禅定の境地など凡夫にはほど遠いものに思えます。そこで、あらためて禅定の意味するところをお示しいただくとともに、日々のさまざまなできごとに禅定の心で向きあうためには何が大切かをご指導いただきます。
前号では「人を思いやり、善い行ないをする」という、当たり前のことを当たり前に行なうのが精進と教えていただきました。今号では、その実践をつづけるための心の姿勢や日常生活における着眼点とともに、私たちが精進する意味について改めてご指導いただきます。
精進は「ひたすら仏道修行に努め励むこと」とされます。ただ、そのイメージどおり「強い意志と不断の努力による修行」となると、限られた人だけの特別なものに思えます。菩薩の実践徳目である六波羅蜜の一つとして、私たち在家の信仰者にふさわしい精進の受けとめ方と実践のあり方をご指導いただきます...
前号では、「耐える」という印象の強い忍辱を、「我慢する」ものではなくて、誰にも自然に苦難を乗り越える力が具わっているといった前向きな教えとして受けとめるご指導をいただきました。今号では、菩薩の精進である忍辱が利他の実践といかに関わり、そのあり方はいかなるものなのかをご指導いただき...
忍辱というと「耐え忍ぶ」「我慢する」といったつらい修行が想起され、できれば避けたいと考えられがちですが、菩薩の精進である六波羅蜜の一つですから、けっしてつらく苦しい修行ではないはずです。私たちに忍辱が説かれる意味あいと苦の受けとめ方とともに、忍辱の実践についてご指導をいただきます...
一般に「戒めを守ること」と教えられる持戒ですが、菩薩の実践行である六波羅蜜の一つとして、「利他」ということを念頭におくとき、持戒とはどのような受けとめ方の、どのような実践になるのでしょうか。今号では、持戒にこめられた意味あいをあらためて解き明かしながら、持戒を実践するうえで大切な...
六波羅蜜の最初に示される「布施」の今日的な意味とは何か。財を蓄え、使うことと信仰生活にどのような関連があるのか──。1月号と2月号のご指導を受け、この3月号では、事例をとおして布施の一つのあり方をご教示いただき、同時にお布施を預かりする教団の姿勢についても具体的なご指導をいただき...