
15.日露戦争で戦死した高祖叔父が残した勲章 - 陸軍騎兵上等兵・吉田鴻治の話
日露戦争で戦死した高祖叔父の吉田鴻治さんが旭日章(8等級)と勲八等・白色桐葉章という勲章を授かっていました。公文書館にて実際の文書 「明治37、8年戦役賞功裁可書」 を見せてもらいに行ってきました。おそらく100名ほどの名簿の中に確かに名前や所属部隊の名が書かれていました。多喜雄...
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戸籍をもとに先祖をさかのぼり、郷土資料などから自分のルーツを掘り下げていこうという家系探究ポッドキャストです。その土地にまつわる出来事や歴史も学びながらゆっくりと進んでいます。S1では父方の「鈴木姓」を調べました。

日露戦争で戦死した高祖叔父の吉田鴻治さんが旭日章(8等級)と勲八等・白色桐葉章という勲章を授かっていました。公文書館にて実際の文書 「明治37、8年戦役賞功裁可書」 を見せてもらいに行ってきました。おそらく100名ほどの名簿の中に確かに名前や所属部隊の名が書かれていました。多喜雄...

最近の近況や先祖調査の進行状況などを一人でダラダラと雑談をする回です。 遅くなってしまいましたがメールなども読ませていただきました...。たまにはこんなのも良いかな。 ・アップしたYouTubeの動画 ・メール(RN電源群馬:群馬から軽井沢へ〜) ・想い出とコンテンツ ・今後の先...

高祖父の原宿が本籍であった明治中期のことを調べていて、とある地図から現在の場所のあたりをつけ渋谷区に旧土地台帳を取り寄せることに成功。とそこに書かれていたのは当時の広島藩の浅野家の方々。一番古い土地台帳から最後の大名浅野長勲を見つけられました。 ●先祖巡礼のnote始めました!...

明治の戸籍謄本に「吉田彦治」という人がいました。調べてみると大正3年に「軍犬ノ養成並使用法ノ研究」というものを残しているようで旧陸軍大尉でありながら軍用犬や警察犬の研究をしていた最初の人物のようです。彦治とうちの家系との関わりやざっくりと彦治の歴史などの話です。 今回のキーワード...

先日靖国神社で日露戦争で亡くなった高祖叔父の祭神調査をしてきました。正直なところ一応親等以内の血族であるもののわかっていることは少なく(本籍は微妙、生年月日、戦没場所など)不安でしたが調査してもらうことができました。故人を証明するものはどうしたら良いのやら...。今回はそんな話で...

5代前の祖父吉田清廉へ話を進めます。択捉島で戸籍謄本が途絶えてしまって、名前しかわからなかったのですが西南戦争の時期の 「探偵書」 の中に清廉の名が。資料によると西南戦争では第3旅団の伍長として生きたようでした。幕末から明治の鹿児島の吉田家、吉田清廉の人生の入り口をお聞きください...

ひいおじいさん吉田清夫の私物の写真が大量に発見されました。旅が好きだったらしいので旅先の写真が多いです。今のスマホと同じような感覚で撮ってるんじゃないかってくらいたくさんありました。今回はその写真でわかったことなど今回話しています。写真の詳細はまだわかってないけど面白いものは今後...

どうやら幕末の薩摩の吉田家(吉田多喜雄さんの叔父)に華族、爵位保有者がいて、その方の名前が 「吉田清成」 という当時の有名な外交官の方のようです。多喜雄さんと子爵の方が京都で会っていたという証言から、清成と多喜雄にどのような接点があったのか色々考察してみました。 今回のキーワード...

美代子さんの3つ目のエピソードです。僕のひいおじいさん「清夫さん」が岡山で伝説を残していた。孫としてはちょっと恥ずかしいエピソード...。秀さんは生前「私の人生は何冊も本なる」と言っていたようで、多喜雄さんと共に日本を駆け回り山あり谷ありの生活をしていたようです。亡くなった人には...

2つ目の美代子さんのお話になります。小坂鉱山を後にした吉田多喜雄。今度は30名を引き連れ津山にいたようです。これは明治41年あたりのことではないかと思っています。秀さんとの出会いはここで生まれました。 以下チャプターご参照ください。 ・ざっと家族構成のはなしから始まる。(0:00...

今回は岡山にて録音してもらった音声の1つ目のエピソードです。吉田多喜雄&秀夫妻の息子の修さんの奥様、吉田美代子さんとその息子さん豊さんのお話です。明治の終わりから大正時代「群馬県碓氷郡臼井町横川」で高祖父が何をしていたのか、これを聞けた時とても嬉しかったです。取材:安藤由貴子さん...

今回は遠い親戚「安藤由貴子」さんをお迎えしてお送りします。安藤由貴子さんは吉田多喜雄の妻の吉田秀(旧性安藤秀)さん側のご子息で、岡山にて先祖の歴史を綴った絵本や土地の民話集などを出されています。「美作まんぷ」「美作もも語り」など。今回は先祖の資料の探し方や吉田家と安藤家の話、これ...

なんと多喜雄さんを知っている方が現れたのです...。今回は高祖父「吉田多喜雄」の様々なことが判明、今まで思い馳せてきた点と点が結ばれてゆく!容姿や職業など吉田多喜雄ストーリーの最終章。今回のキーワードは「安藤家」「9人の子供」「電気機関車」「最後の日」です。 取材協力:安藤由貴子...

小坂鉱山で亡くなった高祖母「吉田ハツ」その墓が静岡県伊東市の佛現寺というお寺にあります。墓石の横になぜ今まで気が付かなかったのか、消えかけの言葉が刻まれていました。その文章を解読すると多喜雄さんとハツさんに関することの真相が見えてきました。今回のキーワードは「士族」「豎(じゅ)」...

前回に引き続き高祖父「吉田多喜雄」の戸籍です。明治32年択捉島を後にした多喜雄さんが向かった先は東京の原宿。26歳で高祖母にあたる坂田ハツさんと結婚をします。渋谷区役所にて新たに除籍謄本を入手、そこには戸籍謄本には記載のない 「秋田県鹿角郡小坂町渡ノ羽」 という謎の項目を発見。秋...

今回は高祖父「吉田多喜雄」の戸籍を見ていきます。今から143年前の明治11年(1878年)5月生まれで、戸籍謄本で見る限り非常に興味深いおじいさんでした。最初に書かれていた本籍はなんと「北海道沙那郡留別村ピリカワツカ番外地」現在の択捉島でした。今回のキーワードは「郡司成忠」「報效...

今回はひいおじいさんの吉田清夫の戸籍から足跡を辿っていきます。生まれたのはなんと明治39年の東京市四谷区仲町(現在の若葉一丁目)学習院初等科の真裏?武家屋敷?吉田家は一体どんな家系だったのか遡っていけたらと思います。 引き続き祖父が撮ったビデオ 「祖父のvlog」 更新しています...

祖父の博俊の戸籍を元に進めていきます。自分としても思い入れが非常に強いおじいさんです。父のような存在でした。残念ながら2015年に亡くなりました。靴職人としての博俊おじいさんの人生は戦後の浅草橋場から始まっていました。 祖父が撮ったビデオ「祖父のvlog」更新しています。よろしけ...

母方の吉田姓をはじめます。まずは母の戸籍から追っていきます。話では聞いてましたが実際に浅草にて幼少期を過ごしていました。時が経ち糀谷へ、そして父との出会いなど…今回も戸籍を取得した順に進めていきます。 祖父が撮ったビデオ 「祖父のvlog」 更新しています。よろしければ是非! 祖...

今回からS2を始めようと思います。とその前に昨年11月に父が亡くなりまして今回は父の話を少し残しておこうと思います。 闘病中の父のこと(S1_8)→ https://anchor.fm/ryota-suzuki3/episodes/8-e9sl7o 祖父が撮ったビデオ 「祖父のv...

長々と時間だけかかってしまいましたが、ついにこの時が来ました。千葉県にある本土寺過去帳に書かれていた「堀切入道清賢」なる人物。このお方こそ、三郷市谷口の最初の「堀切」だったのです。この方なんとあの氏族の...そして今回が鈴木姓、堀切姓の最終回となります。

今回はEP.09で話した「堀切醤油」を少し掘り下げてみました。キッコーマンの現在の社長「堀切功章」さんと我々の堀切家の接点があるのであれば、その線を結ぶ人物は万上みりんの醸造者「堀切紋次郎」という人物であると推測されます。今回は「堀切紋次郎」が彦成村周辺に残した足跡の話です。

今回は文政時代の茂兵衛(5代前)と同名の父・茂兵衛(6代前)の谷口村での足跡を辿ります。正式な資料がないのですが6代は寛政時代(1789年〜)生まれのような気がします。今から230年くらい前でしょうか。当時のご祝儀帳や香典帳などに茂兵衛の記述がありました、江戸に買い物に出かけた記...

今後は5代前の茂兵衛さんからさらにさかのぼるために様々な資料から、その足跡を辿ってみます。先日、郷土資料を読んでいたところ、幕末の谷口村にて「堀切醤油」(亀甲古きっこうこ醤油?)なる記述を見つけました。そしてまさかの繋がりが...。三郷の水害の歴史などを背景に変化し続けた人々の話...

2年前から闘病中の父親の話です。家族がいつか迎える死についてしっかりと考えていきたいです。

祖父は戦争に行き、その後帰還をしました。祖父からは戦争のことを聞いたことは一度もありませんでしたが。父親曰く「特攻隊」であったと聞いていましたが果たして…。今回は祖父の軍歴を調べるために埼玉県庁に問い合わせ「軍歴証明書」なるものを取得した話です。

幕末の戸籍に載っていた住所が現在どうなっているのかを調べに行ってきました。果たして幕末の先祖の土地は残っているのでしょうか?

戸籍をさかのぼることなんと200年...かなり感慨深いものありますね。戸籍は明治19年式の戸籍ということで現状一番古いものだそうです。残っていれば幕末までさかのぼれる可能性が高いです。 次回からはひとまず土地のことや戦争のことなどを調べてきたのでお話しします。

ついに江戸時代に突入いたしました。ここまでくるとありがたい気持ちになってきました。

祖父の「堀切」戸籍は埼玉県北葛飾郡彦成村に戸籍があるということだったのですが、この地名は現在消滅していたようです。そこで問い合わせた結果、埼玉の三郷市役所に戸籍がありそうだということで三郷に行ってきました。

前回「鈴木姓」が早くも途絶えてしまったので。 また振り出しに戻り、大田区役所からスタートです。

戸籍謄本を使って先祖をさかのぼる旅。まずはじめに現在の「鈴木姓」を辿っていきます。自分の戸籍謄本→父親→祖父と順に辿っていきます。